遺言相続

遺言・相続 ひとときコラム

遺言・相続 ひとときコラム

Column 01
不意打ちのショック
ある女性の母親が亡くなりました。父親は、すでに亡くなっていて、生前は大きな病院を創業して経営し、その手腕の賜物で病院は大繁盛していました。母親も病院の発展に裏方として、事務局を切り回す女傑でした。
したがって、遺産も相当な額になっていました。病院は、創業者死亡後は、長男(病院経営を継いだが、すでに死亡していた)の子供が継いでいました。その女性は、創業者の長女でしたが他家に嫁ぎ、病院経営に直接の関係をしていませんでした。しかし、しっかりもので太っ腹であり、嫁ぎ先が裕福なこともあって、実家に立ち寄って、病院の経営をしている甥を励ましたり、病気の母親を見舞っていました。実家の繁栄は甥の病院経営が堅実に運ぶことが必要でしたから、それを気にしていました。
その母親が死亡したとき、遺言書が出てきました。内容は、病院経営に必要な不動産などの資源を甥(遺言者の孫)に与え、実子である長女および二女には、借家などの資産を与えるということでした。
この内容は、病院経営を中心とするためには、やむを得ぬ内容であるし、第三者が冷静に検討しても、妥当性を欠くところはなく、長女、二女に贈られた財産も遺留分は確保されていました。
そして、長女、二女も遺言書の内容自体については、異存がありませんでした。
しかし、それでも長女は遺言に我慢がならないといいました。その理由の一つは、遺言は母親が脳梗塞に倒れて、その意思が不明確な時期に作られた可能性があること。遺言の内容が遺言者の意思に反しないとしても、母親を利用するように作成したことが、甥に裏切られたという思いを払しょくできないこと。長女(その女性)を遺言で排除しなければ病院経営が心配であるとの甥が考えていたと思うと、心穏やかではないこと。その女性は、自分をそのような眼で甥が見ていたこと自体が、甥の裏切りであると言いました。また、そうした遺言を母親に作らせながら、素知らぬ顔をして、母親の死亡まで顔を合わしていた甥が許せないと言うのです。甥の父は、遺言者の長男であり、長女の兄でもある。長女は亡くなった兄の妻とその息子である甥が病院経営で苦労している姿を見ており、何とか経営を堅調に行かせるために助けるという気持ちで終始いたのに、その長女の善意の気持ちを素直にとらないで、財産目当てで実家に顔を出していると思われていたかと思うと、腹の虫が収まらないと言うのです。
こうした長女の気持ちはもっともなことです。甥の立場は、最初から長女を蔑ろにする遺言を作る気持ちはなかったかもしれません。また、万一の場合を考えて病院経営のリスクを軽減するために遺言を作ってもらうという気持ちも立場を考えれば当然かもしれません。
しかし、理屈で理解できても、遺言書をこっそりと作った甥の気持ちに、何か後ろめたい気持ちが無かったというと、どうでしょうか。こうした遺言が明らかになったとき、日ごろ親切にしてくれている叔母(長女)がどんな気持ちになるか、この甥は考えたことがあったでしょうか。
このケースから次のことが言えます。一番目は、遺言は本人がしっかりとしているときに作らなければならないということ。病気になって頭の働きが鈍くなってからでは、不利な遺言を作られた相続人関係者は、誰が遺言の黒幕かと疑心暗鬼になり、関係がとげとげしくなるし、遺言の内容を素直に認めなくなってしまいます。
二番目は、遺留分を侵すような一方的な遺言は、作ってはいけないということ。この件でも、最終的に泥仕合にならなかったのは、最低の遺留分が認められていたからです。
この件は、最終的には、双方の弁護士が交渉して、裁判所の問題にせずに、無事に決着しました。しかし、長女と甥とは、予想通り、その後何十年も交渉が途絶えたままです。
Column 02
元気になっていくおばあちゃん
花子さんは、65歳で、3か月前に夫の太郎さんが急に亡くなりました。夫との間には、長男の春夫さん、二男の夏夫さん、長女の秋子さんがいます。花子さんは、東京の近郊農家の元地主の長男である太郎さんと結婚し、夫とともに農業を続けてきて、また、農地を転用して、アパートを建てて、アパート経営も始めました
長男の春夫さんが家業を手伝い、後継者となり、妻子とともに花子さんと同居しています。花子さんは最近病気がちで働くことはできなくなっていました。なお、太郎さんは遺言書を残していませんでした。
長男の春夫さんには、亡くなった父太郎さんの家業を継いて、アパート経営を拡大したいという強い意向があり、また、太郎さんの遺産の殆どが不動産であることや家業に貢献してきたということを理由に、花子さんの相続分も含めてできるだけ多くの遺産を取得したいと主張しました。母親の花子さんは長男の春夫さん一家と同居していたためか、春夫さんの考えに賛成しましたが、春夫さんはきょうだいとの間では、遺産分割の話し合いができませんでした。そこで、春夫さんは、家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てました。調停の申立人は、長男の春夫さんと母親の花子さん、相手方は二男の夏夫さんと長女の秋子さんです。
調停の第1回期日に、花子さんは長男の春夫さんと一緒に出席しました。花子さんは、表情も暗く、春夫さんに連れられて取り敢えず出席したと言った方が良い感じでした。調停委員に対しても、春夫さんばかりが話をして、花子さんは春夫さんの傍で殆ど話をせず、調停委員が花子さんに、相続に対する意向を聞いても、長男の春夫に任せますと言うだけでした。
次に、調停委員は、調停の相手方である二男と長女から事情を聞きました。二男も長女も、長男が長年実家で両親と一緒に家業に従事してくれたことに一定の理解はするが、ワンマンな長男は生前の父親と衝突することもあり、一人になった母は、長男やその妻に遠慮をしているので、今後のことを考えると、母が相続分を長男に譲ることには反対であると言いました。
そこで、調停委員は、花子さんだけを調停室に呼んで、話を聞きました。すると、花子さんは、ぽつぽつと話をし始めました。長男夫婦が家業に専念してくれたことには感謝しており、長男がより多くの遺産を欲しがっているので、その意向には応じてやりたい。しかし、今後、長男一家との同居が平穏に続くのかどうか不安があり、場合によっては、老人ホームに入居することも考えているので、それなりの遺産を取得したいが、同居して、世話になっている長男の前では、そのようなことは言い出しにくいというものでした。
そのため、調停委員は、裁判官と相談をして、次回の調停期日からは、申立人の春夫さんとは別に花子さんから話を聞くことにして、そのことを花子さんに伝えて、次回の調停期日を決めました。
第2回期日当日、調停室に呼ばれた花子さんは、一人で調停室にきました。その花子さんは、髪も整え、身なりもちゃんとして、手にはハンドバッグを持って入ってきました。そして、世話になっている長男には面と向かっては言えないが、今後、自分が老人ホームに入って、ずっと生活できるだけの財産は確保したいと述べました。調停委員は、花子さんには法定相続分として2分の1があり、正当に主張できることを伝えるとともに、長男と同居している花子さんの立場も考えて、長男の春夫さんを怒らせないように説得しましょうと伝えました。次回も花子さんと単独で話をすることも伝えました。この花子さんの意向が、長男ら3人の子供に伝えられ、次回までに、それぞれ各自考えてくることとなりました。
調停の最後に、次回期日を決めるときに、花子さんは、自分のバッグからメモ帳を取り出し、次回期日をしっかりと書きとめていました。 その後2、3回調停期日が続きましたが、花子さんは出席するたびに、顔色が良くなり、髪の毛も整え、身なりもきちんとしており、まるで、調停期日に出席するのが楽しみであるかのような表情となり、調停委員との話が進みました。最後には、お化粧もして出席しました。
そして、最終的には、花子さんの意向に添う内容の遺産分割の調停が無事成立しました。
花子さんは、おそらく、それまでは、家の中で殆ど話を聞いてもらえなかったのでしょう、
調停期日に調停委員に自分の考えをじっくりと聞いて貰える場ができて、調停に出席する毎に段々と元気になっていったのです。
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